当記事では、ビジネスで成功するための思考として、徹底的に模倣することがなぜ大事なのかをお伝えしていきたいと思います。

『守破離』という言葉がありますが、ビジネスのステップアップの考え方もこれに則って考えていく必要があります。

 

『模写』がものすごく難しかった話

以前、私は美術学校に通っていたのですが、絵画を総合的に学ぶクラスがありました。
絵画は専門分野ではありませんでしたが、異なるジャンルの表現を学ぶことは勉強になるので、絵画クラスにも所属していたんです。

私は絵をまともに描いたことはなかったのですが、そこではじめてキャンバスに絵を描いたのが、アンリ・マティスの絵画の模写だったんです。

それで『なんだ、模写なら私にでも描けそうだな』と甘く見ていたら、意外と描けなかった、というw

同じ色で同じように書いているのに、まるで違うモノが出来てしまったんですよね。どこをどうみてもマティスじゃない。あえて言うと幼稚園児のラクガキのようでした^^;

『猿真似』という言葉がありますが、真似はサルにでもできるぐらい簡単だ、という意味ではなかったんですね。

『猿真似』は正確にいうと『本質を理解することなくうわべだけを真似すること』という意味ですが、まさしく私がやっていたことはこの猿真似だったんです。

『守破離』で一番大事なのは『守』

ところで『守破離』という言葉を知っているでしょうか?

『守破離』とは、日本古来の『道』と呼ばれるものにおける師弟関係のあり方で大切にされてきた考え方で、一つのことを追求して初心者からプロフェッショナルになるまでの過程を説いた思想のことです。

簡単にいうと、芸術や武道など何か物事を極めるときに『守』→『破』→『離』と段階を踏んでステップアップしていくのですよ、ということを言ってます。

守 →師匠の教えを守ってそれを忠実に実践する。基本を再現できるようになるまで練習を繰り返す。
破 →『守』を少し破って自分独自の工夫を入れてみる。
離 →自分自身の独自性を追求していく。

ビジネスでステップアップすることも、これと同じですね。
まずは、成功者や成果の出ているやり方を完全に模倣して、忠実に再現することが求められます。

ここで言われているのは、いきなりオリジナリティは発揮できないですよ、ということです。

どんな分野においても達人とか成功者は素晴らしい『オリジナリティ』があるので、初心者は『なるほど、自分の表現が一番大事なんだ』と考えてしまうかもしれませんが、実は一番大切で一番難しいのは基本の『守』の部分です。

つまり、『守』の部分、成功している人の教え、やり方、考え方、こういったものを徹底的に真似て、それを忠実に再現できるようになるというところにこそ、オリジナリティの種が撒かれるということですね。

ちなみに、植物だって発芽させるところが一番難しいです。
なかなか芽が出ないですし、出たとしてもそのまま枯れてしまうものもあります。

 

それで、なぜ、『守』が一番難しいのか。

忠実に再現するということは『スキル』を要するからに他なりません。
そして、模倣するその過程の中で、非常に多くの試行錯誤を体験することになります。

しかし、このプロセスの中にこそ、密度の濃い学習のエッセンスが詰まっているのであり、これなくしてはオリジナリティの境地へ発展させるのは不可能だということです。

成功者の何をモデリングすべきか

では、『守』を繰り返していく中で成功者の何を模倣するべきなのでしょうか。

私の主観ですが、芸事などと違い、ビジネスにおいてはいきなりオリジナリティを発揮して独自のビジネスモデルを考えようとする人はあまりいないように思います。
どちらかと言うと、真似をして成果を出そうとする人が多い。

しかし、表面的に見えている部分だけの模倣をしているだけに過ぎなければ、成果には繋がりません。
大切なのは、『本質的な』モデリングができているかどうかというところです。

本質的なモデリングとはどういうことかというと、そのものの『原理』や『仕組み』『システム』『構造』こういったところを理解し再現することですね。

『破』に進むには、この本質の部分を自分のものに落としこむところまで徹底的に模倣しないとダメだということです。

もちろん、右も左も分からない初心者は、まず表面的なところを真似するところから入りますよね。
手本を勉強して、指導のとおりに何度もやってみることで、なんとなくハンドリングができたとしましょう。

その際に、

・なぜこの方法でうまくいったのか
・このようにする理由は何か
・他に応用できるとしたら・・?

こういった試行錯誤や思考プロセスがなければ、それはただの表面をなぞった猿真似に終わってしまうということです。
私のマティス絵画のように・・笑

これは本質的な構造の『理解』に至ってない状態ということなので、結局それをやったとしても劣化コピーにしかならないわけですね。

得た知識、教えられたことに対して『考える』『試行錯誤』するというプロセスが入って、初めて本質を『理解』できるようになるのです。