NACO(ナコ)

Natural Life Organizer
WEBマーケッター
コンサルタント
デザイナー

<実績>

情報発信
  • 独自企画販売:月収510万円
  • メール自動化:月収100万円
コンセプトメディア運営
  • 45日で1サイト月収10万円達成
  • 150記事で安定収益化月収30~40万円
  • 大手企業とのメディア連携(協業)2件
クライアント
  • ブログアフィリエイター:月収10〜50万円達成者 9名
  • 法人コンサル(ヘアサロン)受注

 

 

 

Natural Life
それは「らしさが素敵」を叶える生き方

無作為なもの。ありのままのもの。持続可能なもの。

自分自身のまま生きればいいよね。
人の目なんか気にしないで思い通りに生きていこうよ。

 

 

 

はじめまして、NACO(ナコ)と申します。
私のブログに来てくださってありがとうございます。

 

私は現在、自分らしい人生を生きる『Natural Life』という理念において、人生を主体的に思い通りに動かしていく力を磨きながら、同じ理想に共感してくださる多くのクライアントさんと共に、素敵なワークライフを創るナチュラルライフオーガナイザーとして活動しています。

この世界に参入してはや3年が経とうとしていますが、会社に頼らない収入源を構築し、名実ともに「自由に生きている人」になることができました。

この短期間の間に、私の人生や生活を取り巻く環境は大きく激変し、やりたいことだけをやるという普通では考えられないワークスタイルを送っています。

ここでは、私が何故このような生き方を選択するに至ったか、そしてどのようにして自分の理想を叶えてきたか、経歴も含めて少しお話させていただきますね。

 

 

 

アンタ、どこに向かって走ってるの?

 

私は以前は普通に会社勤めをしていました。

 

遡ると、大学卒業時は周りの学生たちがそうしているように就職活動をしていい感じの会社に入られればな〜と思っていたわけですが、時は超就職氷河期。

現実を甘っちょろく見て「大学生活のモラトリアム感」からなかなか抜け出せず一歩出遅れてしまった私は、就職戦線から見事に離脱してしまいます。

 

NACONACO

甘く見てましたね〜。まさか文系の大学がこんなに就職できないとは。

 

その後しばらく、当時『フリーター』と呼ばれる人になりました。
つまり、アルバイトやパートなど非正規雇用で働く人のことです。

 

NACONACO

でも言ったら、今の私もマルチに活動して自由に働いているんで『フリーター』なんだけどね(笑)

 

 

当然ですが、収入事情は非常に不安定で、バイトをいくつも掛け持ちしていたわけです。

どのぐらい貧乏だったかというと、19円のもやしを5個買うか100円のアイス1つ買うかという決断をするのに、スーパーの中を何度も右往左往しながら悩んでいたくらいです(笑)

貧乏とは言ってもけっこう好き勝手やっていて、バイトは自分が面白そうだと思ったものは片っ端からやりました。

イベントのMCガール、カフェスタッフ、クラブ嬢、ホテルウーマン、テレオペ、着ぐるみ etc

いろいろやりました。

 

また、時間に融通がきくことをいいことに、ローカル列車の旅に出かけたり、原付バイクで往復1000kmのツーリングに出かけたりもしていました。

むちゃくちゃでしょ?笑

 

この時期の私は、自分がどこに向かって走っているのかたぶん分かっていなかったと思います。

ただ刹那的に好きに生きていただけでした。

 

これらの経験が人生のエッセンスとして全く活かされなかったとは言いませんが、

両親からは、

はよ就職せんか!(じゃなかったら結婚せい!)

友人からは、

なんか自由に生きているみたいでいいよねw悩みなさそう!

と言われていました。

 

特に、人の目を気にすることもなく適当に貧乏を楽しみ好きなことをやって過ごしていたわけですが、さすがに「このままではアカン」と思うようになりました。

きっと貧乏を楽しめるのは若い今だけなんだ。
「アリとキリギリス」のキリギリスのままではいけない。アリにならなくては!

とそう思ったんです。

 

それは「安定」という名の心地よい居場所を持つことであり、
自分が何者かを示す肩書を持つこと。

会社に所属することとか、家庭を持つこととか、とにかく何でもいい。
自分の人生とは、自分の居場所とは、それを説明する「何か」を得なければ!

とそう思い始めました。

 

安定 安定 安定・・・

年々このワードが頭の中を駆け巡るようになり、いよいよ就職がしたくなった私は、20代半ばにしてやっと就職しました。
その時は、クレジットカードの申込欄に「会社員」と書けたことが、とても嬉しかったことを覚えています。

 

ところが、憧れの会社勤めとはそんなに素敵なものではなく、自分の思い描いていた理想とは程遠いものでした。

 

 

死んだ魚のような目をしている企業戦士たち

 

これで世の中に通用する「肩書」もできて、安定収入に支えられる毎日が送れると喜び勇んで会社に雇われることになった私ですが、キラキラと前向きな気持ちを保てていたのは最初だけ。

次第に、理想と現実のギャップと「安定」という幻想の中で、大きなフラストレーションを抱えるようになりました。

 

仕事はIT関連企業でのユーザーサポートや不具合対応などで、そんなに嫌いな仕事でもなく。

適度に人と接して適度に技術力も必要なバランス感がちょうどいい職種で、お給料も悪くはなく、残業に忙殺される環境でもなかったので、自分の時間もそれなりに持てる働き方は理想だと気に入っていました。

 

ところが、なんとなく毎日がつまらない。

まだ環境に新鮮味があるうちは「ガンバロウ!」と思えるものですが、それも次第に慣れてしまうとただ働きロボットのように無味無感な日々が続いていきました。

 

ある日、朝の満員電車の中吊革にぶら下がるようにうな垂れているサラリーマンや、職場の先輩や同僚の顔をまじまじと見つめながら、私はこう思いました。

 

「みんな同じ顔じゃない。」

 

目の下にはクマを作り、頬はなんとなくげっそりとしていて、伏し目がちな目でスマホを操作し口元をキュッと結んでいる、
世の中を支えている企業戦士ちたは、そんな表情をしていました。

 

会社でも、出社拒否している人のデスクはいつまでも人が座ることがなく、勤務時間中の先輩や同僚の顔は能面みたいに固く、挨拶も「おつかれさまでした・・」と元気がない。

飲みに誘われて話をすると初めて能面サラリーマンの「本音」が聞けたのですが、たいていは、給料に対する不満や人間関係に関する愚痴のような話題ばかりでした。

 

最初はそんな話を他人事のように聞いていた私も、次第にその中にのめり込んでいることに気がついたのは3年後。

 

ホームの階段を登る足取りは重く、満員電車が耐えられない。

がんばってもたいして給料の上がらない仕事にやる気も激減し、自分に余計な仕事が振られると「イラ」としてしまう。

お昼を同僚と食べたり、仕事以外の余計な会話をすることも面倒で、仕事に何の楽しみも希望もなくなってしまいました。

 

ある時から、駅のホームの階段を上っている群衆が、『ザッ、ザッ、ザッ』とリズミカルに歩く軍隊か、あるいは、機械的に『右足を前に出す。左足を前に出す。』を繰り返している人のカタチをしたロボットのように思えてきて。

自分もいつの間にかその一部と化しているのに気がついた時、私は吐き気を覚えてトイレに駆け込んだこともあります。

 

そう、私はいつの間にか、自分の人生や願望に主体性を持たないつまらない会社員へと成り下がっていたのでした。

 

憧れてやまなかった「安定」、その「安定」と引き換えに得たものは、自分が素敵だと思うライフスタイルを放棄し、自分らしくあるための自己表現を否定し、好きなものを素直に好きと言えなくなるほど心を固く閉ざしはじめてしまったんです。

 

言い換えると、それは「アイデンディディの喪失」でした。

 

本当は晴れた心地の良い春の日には、曇った顔でギスギスした空気の職場にいたくないですし、

家族の顔もまともに見れないほど残業時間に忙殺されるその生活を「これが自然な人生の営みか?」と疑ったことは、

あなたもきっと一度や二度ではないでしょう。

 

私もそうでした。

 

人はなぜお金を稼ぐのか、なぜ働くのかというと、きっと『自分らしく幸せに人生を歩みたいから」のはず。

それなのに

自分らしく幸せに生きるはずの手段であるお金のために、自分らしく幸せに生きられなくなっている。

 

ここに非常に大きな矛盾を感じました。

 

「自分らしさ」 か 「経済的な安定」か。

この2つが二項対立になって、どちらかを選択しければいけないのだと、ずっと私は長い間葛藤し続けていました。

 

 

 

 

自由を求めて

 

惰性の日々を続けてさらに3年。

会社員となる前は自分の好きなことを優先し、自分らしさを求めていたそんな私も、次第に立派なサラリーマン脳になり、ますます変化を嫌うようになりました。

そして、常に「他人にどう思われるか」を判断の基準にするようになりました。

 

習慣って怖いです。

あれほど吐き気がするほど嫌だった満員電車も、それなりにやりすごせるようになりましたし、
嫌なことがあっても飲み会で愚痴を言い合えば、なんとなく抱えている気持ちを共有できた気分になって、
次の日は何事もなかったかのように「おはようございます〜」と顔を合わせられる。

自分の安定を脅かす人や出来事に対して嫌悪感を持つようにもなり、
「会社をやめて起業しました!」とか「○○として独立します!」いう人がいると、

えー。失敗したらどうすんのー?

と思っていました。

 

ですが、私はそんな勇気ある志の高い人たちを心のどこかで羨ましがっていたのかもしれません。

自分らしい生き方を追い求めることが私の理想の生き方だったのに・・
いつの間にか飼いならされた家畜のように、夢も主張も志もクリエイティビティも持たず、人目ばかりを気にするつまらない人間になってしまったと、

やりきれない気持ちが溢れて、誰にも知られず涙を拭いながら過ごした夜もありました。

 

自分らしさを捨てる、それは自分を好きになれなくなるということです。
こんなに辛いことは他にはないと思いました。

 

物質的に満たされているとか、将来が約束されているとか、肩書きがあるとか、
幸せってそんなことじゃないんです。

今食べているご飯が美味しいと思えるとか、
誰かに喜んでもらうことが本当に嬉しいと思えるとか、
朝が清々しくて一日の始まりにワクワクした気持ちになれるとか、
夕日が本当に綺麗だなーとうっとりと眺めてしまうとか、
子供たちが可愛くて可愛くてしかたないと感じられるとか、

『今』の自分と自分の周りにある、小さな出来事や当たり前の日常が美しいと思えるかどうかなんです。

 

これは「自分を好きだから」感じれることです。
自分らしく生きているからこそ、人は幸せを感じられるんです。

 

自分らしく生きたい。
誰かに「良い」と言われる人生じゃなくて、自分が「良い」と思える人生。

 

目覚まし時計の音が憂鬱な一日の始まりを告げる音でなく、小鳥のさえずりで心地よく目を覚ましたり、
コンビニのサンドイッチばかりを朝食につまんでいるのでなく、獲れたばかりのみずみずしいトマトと天然酵母のパンで朝食を味わったり、
嫌味な上司やギスギスした同僚とばかり顔をあわせるのでなく、気の合う仲間に囲まれて笑いあったり、
家族の寝顔しか見れない平日ばかりを過ごすのではなく、平日に子どもたちとディズニーランドに行けたり(笑)

そんなふうに楽しく暮らしていける人生。

たった一度の人生、お金のために縛られるのでなく、自分のために理想を自由に生きて追い求めたっていいじゃないですか。
心を病んで人生に絶望しか感じなくなってしまっては元も子もないのです。

 

そして、ついに私は全てをゼロにしてでも、自分を好きになれる生き方を求めて退職。
東京を離れ、兵庫県の山村に移住することにしたんです。

 

自分らしさの再構築

 

兵庫県のとある山村に移住した私は、7年間空き家となっていた古い古民家を月1万円で借り、
田畑を開墾して野菜づくりをして暮らし始めました。

借りた借家は、壁がボロボロになっていたり、給湯器が壊れていたり、天井に隙間が出来ていたりと、
けっこうなオンボロぷり(笑)

屋根裏にミツバチが巣を作り、ある時天井から蜂蜜がこぼれ落ちてきた時は飛び上がるほどビックリすることもあったりw

 

ですが、得意のDIYを駆使して自分で壁を塗ったり、棚を作ったり、隙間を修繕したりして、
心地よい空間にカスタマイズしていく過程を楽しんでいました。

楽しかった。ほんっとうに楽しかったです。
このフリーダム感はやばいと思いました。

 

野菜づくりも見よう見まねでやり始めたので、当然最初からうまく作れませんでしたが、
レタスやトマト、きゅうり、かぼちゃ、ハーブ類などいろいろ穫れました。

時には、畑を円形にしてみたり、螺旋状に段を作ってみたり、もうすっかり気分はDASH村(笑)

会社員になる前に「思い描くことをやってみる」自分の感覚が戻ってきました。

 

NACONACO

ワーイワーイ♪

 

他にも、地域活性活動に参加し、地域カフェの企画運営に携わったり、
ITスキルを活かして、パソコン教室やパソコントラブル出張サービスをしたり、
自分で作った野菜たちを直売所で販売したり(笑)

堰を切ったように、「これ!」と思うものをいろいろやってみたわけです。

私のようにものづくりや農業が好きな人が心地よく作業したり勉強したりできる
クリエイティビティ溢れるコミュニティを作っていきたい、
とそんな小さな夢もできました。

 

たしかに自由でした。
誰にも制限されることなく、感性を開放させていました。

 

ですが、これが本当に自分らしい生き方なのか?とまたしても疑問が湧き上がってきたわけです。

なぜか。

それは、この状態を支える基盤となる土台が何もなかったから。
現に私の貯金は目減りする一方で、情けないことに「夢」を実現させる力が全くなかったんです。

私の夢はうわ言になり机上の空論になり、儚く空想の泡へと消えていくのが、
現実として目の前に、「0」と書かれた通帳と見て我に帰りました。

 

ここでやっと気がついたんです。

「夢」だけじゃ人は自分らしくなれない。
自分らしいライフスタイルというのは、理想だけで創れるものでもない。

 

雇われないやり方でまずは真面目にお金を稼いでみよう。
そして、稼いだお金でたくさんの人に喜んでもらって、理想の生活を一緒に創ってくれる仲間を探そう。

その最終目標はぶらさずに、まずは「お金を稼ぐ」というところにフォーカスしてみよう。
好きなことも自由も理想の生活も一旦はおあずけになるけど、土台のないところに自由なんてあり得ないってことはイヤというほど分かったので、とりあえず経済的に成功してみよう。

きっと土台があるところには夢は成立するはずだから。

ずいぶん回り道してしまいましたが、ここでやっと自分の進む道が現実的に見えてきたんです。

 

 

ネットビジネスとの出会い

 

自分でお金を稼ぐ、と言っても、雇われる以外でこれまで私がやったことがあるものといえば、

・自分で作った農作物を直売所で販売する
・自分で作った趣味のスピーカーを口コミで販売する
・パソコン教室やトラブル出張サービスで謝礼をいただく
・資格取得のための講座の教鞭をとる

というものでした。

ですが、どうもうまく回せない。
それもそのはず、利益率が低いのもそうなんですが、そもそも「集客する」という概念が私にはありませんでした。

根本的に自分でお金を稼ぐには何かが足りてない、と感じていた私は、
世の中の人がどうやって稼いでいるのか知るところから始めました。

 

ネットで「お金 稼ぎ方」「自分で 稼ぐ」で日夜検索していると、目に飛び込んでくるのはめくるめくアナザー・ワールドな世界(笑)

 

ネットの中には「自分らしい生き方」を実現している人がいました。

 

自分らしさを求めて脱サラ後、カフェを立ち上げたけど2年ともたず店をたたんだ人や、
大都市のクラブを経営して年収1000万円以上を稼いでいたけど、自分らしさを求めて地方に移住し収入が1/3になってしまった人など

リアルではいろいろな人を見てきました。

ですが、ネットの中では

場所や時間に縛られず好きな場所で仕事をして、好きな場所に住んで、
時には平日でも好きな時に旅行に行ったり、本当にやりたいことに時間を費やしたり

実に自然体で自分らしく持続可能な状態を保っている人がわんさかいる・・?

 

頭の中が「???」となりました。

 

90日で月収50万円!

NACONACO

は?

ほったらかしで勝手に収益化!

NACONACO

は?

 

こんな言葉を最初は「ウソつけ」と思って見ていたわけです。

ですが、信じられないのは知らないから。体験したことがないから。
自分には圧倒的に足りてないものがあるのは間違いがなくて、その突破口を開くのはおそらく「自分の知らない世界」の中にあると思いました。

変な言い方をすると「騙されてみたくなった」んです。信じられない世界の常識に。

 

ネットの中には、「自分らしく」生きている人はネット上に資産を作って稼ぐのだと書いてありました。
ならば、実際にやってみればいい、それがウソかホントか自分で証明すればいい。

そう考えて、私は自分のパラダイムをぶち壊すべく、今だかつて入ったことのない秘境に足を踏み入れることにしたんです。

 

 

パラダイムの崩壊と心地よいワークライフの実現

 

そんな経緯もあり強い「変化」への渇望を持ってブログメディアの運営に取り組み始めた私。

「人に読まれる文章を書けるようになればいろいろ役立つだろう」

文章を書いてネットに流せばアクセスが集まって稼げると短絡的に考えていた私は、 後に大きなしっぺ返しを食らうことになったりと、そりゃ紆余曲折もありました。(詳しくは私の無料コンテンツNACOSTORYで!)

ですが、絶対に諦めませんでした。

根本的に本質が見えてないから稼げていないと感じた私は、もう一度「ビジネスの本質」について考え直し、作業と研究を重ねました。

どうしたらアクセスが集まるようになるのか、どうしたらユーザーに読まれる記事になるのか、自分が書いた記事は価値を提供できているか、検証と分析を繰り返して作ったメディアがたった70記事という少ない記事数で安定収益を得るまでになりました。

その後、いくつもメディアを立ち上げててキャッシュポイントを増やし、2ヶ月足らずで「自分の知識や経験」を強みに変えて月間100万PVを超えるメディアを育てるに至りました。

 

NACONACO

ああーーーー!!!
ついに、自分で、自分の作った仕組みでお金を稼ぐスキルを手に入れたーー!!

 

これまで自分の追い求めてきた全ての軌跡が走馬灯のように駆け巡り、私のパラダイムはガラガラと音を立てて崩壊していきました。

 

そして、この世界に参入してからたった10ヶ月後に独立。
『自分らしい生き方』を求めてずっと彷徨ってきましたが、たった10ヶ月後に考えられないほどの変化を手に入れたんです。

ここに、自然体にありのままで生きる生き方「ナチュラルライフ」が生まれ、時間的にも経済的にも自由な生活が実現しました。

 

朝起きるのも自分のペースでけたたましく目覚まし時計の音に叩き起こされることもないですし、なんだかモヤモヤして眠れない・・なんて日はなくなり瞬殺で熟睡できるようになりました(笑)

ある時はお気に入りの隠れ家カフェで、ある時は温泉に行って、ある時は公園で、またある時は旅行中の新幹線の中で、自分の好きな時間に好きな時に仕事をするというフレキシブルなワークライフになりました。

「お金」に対する価値観も変わり、お金の使い方も丁寧になりました。
つまり、ただその時のウォンツを満たすだけのものには浪費せず、自分にとって本当に価値があるものや自分を成長させてくれるものや、人が喜ぶことにお金を使うことが多くなりました。

これが夢までみていた「ナチュラルライフ」。

 

私は、市場価値の高いメディアを創って価値を提供し、安定収益を得るということができるようになったのですが、ふと世の中を見回してみると、以前の私のように稼ぎ方と生き方の狭間で葛藤している方が多くいました。

また、集客に困っている企業や店舗も非常に多いことも知りました。

 

NACONACO

私が「ナチュラルライフ」を求めて培ってきたスキルは多くの人の役に立つものなんだな。

 

そう考えた私は、「ナチュラルライフ起業家」として、稼ぐ力を身につけて心地よいライフスタイルを手に入れたい個人や、集客に頭を悩ます企業に、サイト運営の方法を教えるという事業をスタートさせ、メディア運営をする傍らWEBコンサルタントとしても幅広く活動するに至っています。

 

 

たった一度の人生を『Natural Life』にしてみませんか?

 

自分らしい生き方がしたい。

というささやかな願望から始まった私のビジネスは、今や自分が稼ぐという垣根を超えて、多くの仲間やクライアントにも結果を出してもらい、他人と「ナチュラルライフ」を分かち合う楽しさを謳歌しています。

また、これからも「ナチュラルライフ」という価値観に共感してくれる仲間と出会い、新しいシンクロニシティが生まれる楽しみも増えました^^

 

 

たとえあなたが何歳でも死ぬまでにやってみたいことを100個挙げてみてくださいと言われたら、なんの躊躇もなく答えられますか?

「今更、そんなことを言ったって・・」
「忙しくてそれどころじゃない」
「現実的には無理でしょ」

そんな思いが少なからず頭を横切り、子供が答えるように一点の疑いもなく答えられる人はそう多くはないかもしれません。

「でも、もし可能なら・・・」
きっと、「もし」とか「できれば」という条件付きでなら、スラスラ言えるのかもしれません。

この「もし」とか「できれば」というパラダイムを取り払ってみませんか?

たった一度の人生、誰にでも、自由に選択し実現する権利はあるはずです。
それこそがナチュラルで自然な人の生きる姿だと私は思うんです。

 

もう選択肢もなく我慢ばかりしている人生とはおさらばする時です。

まずは、人生をコントロールするための「稼ぐ力」を習得して、私や私の仲間たちが辿ってきたように「ナチュラルライフ」への道を歩んでみませんか?

出来ることから実践してそのために必要な行動を継続していただければ、それが決して夢ではないことを実感していただればと思います。

現状を変えることは簡単ではありませんが、誰でも実現できることです。

あなた自身の感性を伸び伸びを解放し心地良さにあふれる毎日を送るために、ぜひ私のノウハウをお役立てくださいね!